膵癌の治療

1.厳しい膵癌の治療成績

膵癌は肺・大腸・胃に続き部位別死亡数で第4位で、年齢別死亡者数(図1右)をみても60代より増加していることがわかります。また、治療の有無を問わない5年相対生存率をみても他領域癌と比べて約7%と著しく悪いことがわかります。(図1左)(国立がんセンターのがん情報サービスデーターより作成)膵癌はいかなる術式や手術機器の発達の変遷があっても再発が高頻度であり、手術単独の5年生存率は10~20%の間にとどまっています。

図1:部位別相対生存率 死亡者数

部位別相対生存率 死亡者数

2.膵癌の5年サバイバー生存率は悪くない?

ここまでは、がん5年サバイバー生存率という指標を紹介したいと思います。これは、診断から一定年数後生存している者(サバイバー)の、その後の生存率を表しています。この図を見ると悪いと言われている膵臓癌でも年を追う毎に生存率が高くなることが分かると思います。(図2左右)これは、適時適切に治療ができれば膵癌でも予後に期待が持てるという事を示します。当科では、早期発見による適時な治療と、進行癌に対する正確なステージングと適切な治療選択に重点を置いています。

図2:各がんのサバイバー 生存率

部位別相対生存率 死亡者数

3. 最近の膵癌治療の大きな2つの流れとは?

膵癌治療の選択に際して近年2つの変化があります。1つは、膵癌の切除可能分類による治療選択であり、もう一つは、同分類を背景とした周術期の抗癌剤治療です。

[ 膵癌の切除可能分類 ]
膵癌の切除可能分類には①切除可能②切除可能境界と③切除不能の3つに大きく分けられますが、切除不能は、がんがある場所で腫瘍が主に重要な脈管に浸潤する(局所進行)もの、離れた臓器に転移をする(遠隔転移)ものに分けられます。

① 切除可能膵癌
いわゆる膵癌が膵内および周囲の臓器内にとどまっていて重要な脈管の切除なしに手術が可能と考えられるものです。

② 切除可能境界膵癌
膵癌が膵内を越えて重要な脈管に接している状況で、術前に抗癌剤を使用し腫瘍の縮小を狙いかつ、一部の脈管(門脈など)の合併切除が必要と考えられるものです。

4. 審査腹腔鏡

当科では切除可能膵癌および切除可能境界膵癌中の術後早期再発例には術前に腹腔内(お腹の中のスペース)に微小転移があるかもしれないという仮説に着目しています。微小転移は術前画像では捉えられないため、腹腔内を直接カメラで観察し同時に腹腔内に散らばっている癌細胞の検出を目的に審査腹腔鏡を行っています。これにより診断精度が上昇しより正確な治療方針を患者さんへ提示できることを期待しています。もし微小転移が術前に検出された際には、切除不能膵癌と同様の抗癌剤治療を6~9か月ほど行い、病変の進行が抑えられ、遠隔転移を認めない方には再度手術による治療を提案します。

③ 切除不能膵癌
局所進行膵癌:大動脈や下大静脈などの大きな脈管やその1次分岐の太い動静脈、また、門脈と主要臓器への動脈(腹腔動脈や上腸間膜動脈)の同時の浸潤などを有するものです。拡大手術の優位性は証明されておらず合併症率が高いため抗癌剤が第一選択となります。しかし、近年、切除不能・進行癌に使用されていた抗癌剤の多剤併用療法(FOLFIRINOX(5Fu、オキサリプラチン、ロイコボリン、イリノテカン)やGEM(ジェムザール)+nab-PTX(アブラキサン))および一部放射線療法との組み合わせにより、切除不能な癌に対する手術が可能となる例が報告され、コンバージョン手術といいます。コンバージョン手術の判断は、抗癌剤治療により腫瘍の縮小がある程度の期間(6~9か月ほど)維持されている事が必須の条件となります。

遠隔転移を有する膵癌:主に血液の流れにより癌細胞が全身に転移(主に肝臓や肺)をした一部を画像でとらえているだけなので、がんを全身病と考え全身に薬効が達する抗癌剤が第一選択となります。

周術期の抗癌剤治療
現在の周術期(手術の前後)抗癌剤治療と当科での治療方針を現在の膵癌治療ガイドラインに当てはめたもので示します。(図3)このようにほぼ全ての膵癌患者さんは何らかの抗癌剤の治療を受けることになります。

図3:膵癌の治療方針

膵癌の治療方針

5. 膵癌に対する抗癌剤の変遷

膵癌治療は長く有効な薬剤の出現がないままで、基軸となる薬剤は5Fu、GEMと本邦ではS-1という薬剤とこれらの組み合わせ治療が行われてきました。近年、本邦では周術期治療として術前にGEMとS-1を術後にS-1を投与することにより膵癌の成績の向上が報告されました。そして、切除不能進行膵癌の抗癌剤として2011にFOLFIRINOX、2013年にGEM+nab-PTXの治療が開発され、これらを局所進行の切除不能膵癌に応用したコンバージョン手術が試みられています。

術後の再発予防
手術後の抗癌剤治療としては、S-1およびGEMが行われます。本邦でおこなわれた臨牀試験の結果では、S-1がGEMと比較して(全生存の中央値:25.5対46.5か月)非常に良い結果であったためS-1が推奨されています。しかし、欧米人では代謝酵素の欠損によりS-1の忍容性が悪くGEMが使用されており本邦でもS-1が続けられない方ではGEMが用いられています。手術後2か月以内を目安に6か月程度を目安に投与が行われます。

6. がんゲノムを応用した薬剤の登場

切除不能膵癌の成績が各種抗癌剤の治療で向上したと言っても、まだまだ満足できるものではなく6~9か月くらいであったものが、やっと1年を越えるかという程度です。がんゲノム医療の発展により、今後の有力治療となる薬剤が保険収載されました。適応は数%と限られた方のみになりますが、当科では積極的にこれら遺伝子を検査して該当する患者さんには治療オプションの1つとして提案ができるようにしています。

7. 適時適切な治療を目指して

当科では審査腹腔鏡や内科医師と連携し超音波内視鏡下生検を行うことにより正確な術前ステージングを目指しています。ステージごとに周術期に使用する抗癌剤や治療戦略が変化するため重要な作業であると考えています。また、手術をする患者さんの周術期抗癌剤治療は外科が直接受け持っています。適時に画像診断を行い、実際に手術をする外科医が評価することにより適切な時期に手術が可能となります。抗癌剤治療もスケジュールを合わせて手術まで外来担当医と二人三脚で行います。