高齢化や生活習慣病の増加に伴い、動脈硬化により足の血管が詰まってしまう「閉塞性動脈硬化症(ASO)」が増加しています。閉塞性動脈硬化症が重症になると、安静にしていても足の痛みが生じるようになり、さらに進行すると足に潰瘍ができてしまいます。このような状態を「重症下肢虚血(CLI)」といいます。重症下肢虚血の予後は不良であり、発症1年後には30%が下肢大切断に、25%が死亡に至るとされています。近年、カテーテルを使った血管内治療やバイパス手術といった治療法に加え、新しい血管を作り出すことを目的とした細胞治療が試みられています。しかしこれまでの報告では、細胞治療はある程度血流を良くしたり痛みを軽減することはできるものの、予後に重要な足切断を回避する効果が十分に認められていません。また細胞の種類によっては採取に伴う患者さんの負担が大きかったり、高齢の患者さんや糖尿病などの持病のある患者さんでは作った細胞が効かないといったことが明らかになっています。私たちの研究グループが開発した「脱分化脂肪細胞dedifferentiated fat(DFAT) cells (ディーファット細胞)」は、私たちの体の中に豊富に存在する脂肪細胞を特殊な培養をすることによって作り出される多能性細胞です。これまでの研究により、DFAT細胞は、患者さんの年齢や基礎疾患に影響されず、高い血管を作りだす能力があることが明らかになっています。またiPS細胞と異なり、未分化な状態で移植しても腫瘍形成せず、安全に移植できることも確認しています。そこで私たちは、重症下肢虚血の患者さんから作ったDFAT細胞を血流の悪い下肢の筋肉内に注射することにより、血流を改善させ、足の切断を回避できるようになるのではないかと考えました。今回、日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受け、重症下肢虚血に対するDFAT細胞を用いた細胞治療の安全性と有効性を確かめる世界発の臨床研究を計画しました。
油滴を多く含み風船のような形をした脂肪細胞を天井培養という特殊な方法で培養することによって、人工的に作り出される多能性細胞です。日本大学の研究グループにより開発され、DFAT細胞と名付けられました。脂肪組織に微量に存在する幹細胞(間葉系幹細胞)に似た形質を示し、骨、軟骨、脂肪、血管、心筋などへ分化する能力があります。また細胞から分泌される液性因子の作用により、新しい血管を作って血流を良くしたり、傷を早く治すといった効果を示します。細胞治療に用いる細胞としてDFAT細胞には、患者さんの年齢や基礎疾患に影響されずに、約1gの脂肪組織から安定した治療効果を示す細胞を作ることができるといった特長があります。したがってこれまでの幹細胞を用いた細胞治療に比べ、より患者さんの負担が少なく、簡便で実用性の高い細胞治療が可能となることが期待されます。