本研究事業では、脱分化脂肪(DFAT)細胞の血管再生治療用細胞としての安全性と有効性を明らかにするために「重症下肢虚血(critical limb ischemia,CLI)に対する自家DFAT細胞を用いた血管再生細胞治療」のFirst-in-Human臨床研究を実施します。臨床研究の概要は、CLI患者さんを対象とし、約10 mLの吸引脂肪組織を原料として、自施設内の細胞加工施設(CPF)に設置されたアイソレータを用いて約5週間培養し、必要細胞数のDFATを調製後、患者の虚血筋肉内に移植します。主要評価項目は安全性の確認で、移植後52週までに発現した有害事象について評価する予定です。副次評価項目は有効性の評価で、重症度分類、虚血性疼痛などの変化を評価する予定です。これらの臨床研究によりDFAT細胞治療の安全性と有効性を検証し、治験移行への妥当性を明確したいと考えています。
閉塞性動脈硬化症の重症型である重症下肢虚血(CLI)は、しばしば治療に難渋し肢切断に至ります。近年、肢の温存を図るため治療抵抗性のCLIに対し血管再生効果を期待した細胞治療が試みられています。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cells, MSC)は比較的少量の骨髄液や脂肪組織から培養調製でき、移植安全性が高いため、血管再生治療の細胞源として期待されています。一方、MSCはヘテロな細胞集団で、その品質は個体差が大きく、特に糖尿病患者ではその性能が低下することが明らかになっています。したがって患者を選ばす均質で安定した性能を示すMSCを製造する技術が望まれています。日本大学の研究グループでは、脂肪組織から単離した成熟脂肪細胞を天井培養という方法で培養することによって得られるDFAT細胞が、MSCに類似した高い増殖能と多分化能を獲得することを明らかにしました。DFAT細胞は、少量の吸引脂肪組織から均質なMSC様細胞を大量調製できることから、実用性の高い再生医療の細胞源として期待できると考えています。DFAT細胞は種々の血管新生因子を豊富に分泌するとともに血管構成細胞への分化能を有し、安定した高い血管新生能を示すことが明らかになっています。またiPS細胞と異なり、未分化な状態で移植しても腫瘍形成せず、安全に移植できることも動物実験で確認しています。このような知見からDFAT細胞による細胞治療はCLIに対して有効な治療法となりうると考え、CLIに対する自家DFAT細胞を用いた血管再生細胞治療の臨床研究を計画するに至りました。
DFATは少量の脂肪組織から均質で安定した性能を保持したMSC様細胞を大量製造できる技術であり、「MSCの標準化」といった科学技術上の要請をクリアする可能性を有しています。DFAT研究は多くの国で行われていますが、まだヒトへの投与例はなく、本研究はDFATを用いた世界初の臨床研究となる予定です。本研究成果は、患者の年齢や基礎疾患に影響されず、低コストで実用性の高い血管再生細胞治療の普及に寄与することが予想されます。さらに現在先行しているMSCを用いた細胞治療の大部分をより安全・安価なものとして普遍的に発展させる可能性を有しています。本研究開発ではCLI患者から臨床応用を開始する計画ですが、将来的には心筋梗塞や脳梗塞後遺症などのコモンディジーズに適応を拡大する予定です。これらが実現した場合、アンメット・メディカル・ニーズの克服、医療費の削減などが期待できると考えています。このように本研究は再生医療の発展のみならず医療経済学的視点からも社会的貢献度が大きいと考えられます。
研究者名 | 所属 | 役割 |
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松本 太郎 | 日本大学医学部 細胞再生・移植医学 | 研究代表者 CPF管理者 |
加野 浩一郎 | 日本大学生物資源科学部 応用生物科学科 | 知財戦略 |
田中 正史 | 日本大学医学部 心臓血管外科 | 臨床研究の実施(責任者) |
原田 篤 | 日本大学医学部 心臓血管外科 | 臨床研究の実施(患者登録・細胞移植・観察) |
河野 通成 | 日本大学医学部 心臓血管外科 | 臨床研究の実施(患者登録・細胞移植・観察) |
仲沢 弘明 | 日本大学医学部 形成外科 | 臨床研究の実施(脂肪組織採取) |
副島 一孝 | 日本大学医学部 形成外科 | 臨床研究の実施(脂肪組織採取) |
樫村 勉 | 日本大学医学部 形成外科 | 臨床研究の実施(脂肪組織採取) |
谷口 哲也 | 日本大学医学部 | 数学分野、臨床研究の実施(統計解析) |
藤田 英樹 | 日本大学医学部 臨床研究支援センター | 臨床研究支援 |
風間 智彦 | 日本大学医学部 細胞再生・移植医学 | CPF管理運営(業務責任者) |
李 予昕 | 日本大学医学部 細胞再生・移植医学 | CPF管理運営(品質管理部門責任者) |
萩倉 一博 | 日本大学医学部 細胞再生・移植医学 | CPF管理運営 |
菓子本 美和 | 日本大学医学部 細胞再生・移植医学 | CPF管理運営 |
松永 充博 | 日本大学医学部 細胞再生・移植医学 | プロジェクトマネージャー |